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開封とは?

[ 85] 開封のグルメ
[引用サイト]  http://page.freett.com/kaifeng/gurume.htm

  中国の七大古都の一つである開封は中国の中原地方に位置しているため、料理も中国各地の料理の特徴を取り入れ、自分なりの味となっている。ここで、開封の幾つかの特別料理をご紹介する。「百聞一見に如かず」機会があるならば、是非、現地にお見えになり、ご賞味頂きたく期待している。
  開封の第一楼と小篭包は昔からの老舗と特別料理で、俗称は山洞梅花小篭包とも言う。文字通りに小さいな蒸篭で、蒸したもので、こじんまりしていて、皮が薄く、身がおおきい。蒸篭の中で置いたままに見ると、菊のように見えるが、お箸で軽く持ち上げてみると提灯のように見える特徴がある。倶により、スープ入り、魚身、野菜等10種類ある。開封だけではなく、北京や上海等の大都会でも支店を持っている。開封市おこし頂いたお客様なら絶対行くところのひとつである。時期によって、事前予約する必要がある。
昔の宮廷料理の一種と言われ、材料は一年間ぐらいに成長した雌鳥を使い、作り方には切る方は普通のと違い、鶏の手羽の下に小さな穴を開け、そこから内臓などを取り出して、特別に調味されたスープで煮込んだ塩味のもので、噛めば噛むほど歯ごたえが出てくる。開封ではならのものであるので、普通のホテルや普通店でも注文すれば食べられるが。一番有名なのが「馬予興」と「馬順興」である。清真(イスラム)料理の一つでもある。
鯉魚髪の毛よりも細く伸ばし、油で揚げた専用のラーメンをあんかけにして覆われている。酸っぱくてあまい味だが、豪華ないろを目にしても人々の食欲を惹けるほど。高級ホテルではラーメンの実演もお客様の前で実演してくれるので、この料理の一つと言えるだろう。
紅薯泥とは開封の宮廷料理の一つで、サツマイモを原料に鍋で蒸してから薯の皮を剥いて、中の繊維をとる。それから、砂糖を入れて、胡麻油でいためる。できあがったものは金色で、上にいつも二個のさくらんぼをおく。冷めたように見えるが、火傷をするぐらいのものである。火傷をしないように要注意。杞憂という言葉で有名な開封市杞県の特産である。
鉄鍋蛋とは宮廷料理の一つで真っ黒な鉄碗を火で真っ赤にまで焼き、海老やなどを混ぜるよく調味された泥どろ状態の卵を鍋の中にさっと入れて、鍋の蓋を被る。鍋の余熱で卵を暖める。出来上がったものは黄金色で茶碗蒸しみたいようなものになる。お酢をかけてたべるのが普通。
開封は昔の北宋時代からも夜店があった。現在も市内の決まった場所で毎日夕暮れになると手押し車が四方八方から集め、夜の営業が始まる。中では一番有名なのは食べ物で、大相国寺の裏にある鼓楼夜店である。ラーメン、焼き餃子、水餃子、いろんなつまみ、甘酒、澱粉の炒め、焼き餅(本当の焼き餅)、杏仁茶、八宝飯、羊の串焼き等100種類異様のものがある。家族連れや恋人同士等の地元の人はもちろん、ツアーで来ているよそからのお客さんも多い。毎日夜更かしまで営業するから、おいしくて便利。開封に居る間是非、一度ご賞味を薦める。
中国では「粛山の石榴湯山の梨?梁の西瓜の甘味は皮まで」という言い方がある。開封の西瓜は中国国内でも有名で,とくに種無し西瓜は肉が大きく甘くしゃりしゃりしている。時期になるとよそから西瓜の販売で開封に来るお客さんで賑わう。
套四宝は開封の伝統料理の一つで四宝というのは家鴨、鶏、鳩、鶉のことである。大きめの磁器の食器でお客さんの目の前に出したのは美味しそうなスープの中に浮かんでいる丸ごと煮込んだ家鴨、家鴨の肉を食べているうちに鶏が出る。鶏の中に鳩が嵌め込んでいる。鳩の中に鶉という順番で次々と出てくる。最後の鶉の中にナマコ、シイタケがある。一つの料理なのに食べているうちに違う味が次から次へと出てくる。また、すべての家禽は骨を一本も残さずに抜かれたが鳥の形は変わらない。昔からも高級料理として貴族階級に人気があった。この料理を作るには時間と調理人の技術と工夫は必要。
套四宝は清の末の西太後御用の調理人で陳永祥という。彼はこの料理のほかに西太後に約300種類の宮廷料理をつくったことがある。
缶詰の猿梨、パップル、ミカン、メロン、サクランボ等を中に入れて、長さ30センチn深緑色の皮、赤い実を持つ体型の良い西瓜を使って、西瓜の皮に龍や鳳凰をいつも彫刻され、砂糖や氷砂糖を使っているので夏の名物料理の一つである。食べるにはもったいないほどの芸術品みたい。
 開封の観光等について何かご要望やお問い合わせが御座いましたら、お気軽にメールをください。

 

[ 86] 歡迎光臨 我的中国旅行 :河南省開封市
[引用サイト]  http://www.china-world.info/china16b.htm

  開封市。中国六大古都の一つで7つの王朝の都がおかれる。北宋代には東京として世界的大都市となる。さすがに歴史のある街なので、風格のある建築物が多いようだ。鄭州からバスに乗って2時間で到着、市内バスや徒歩で観光するが、特に不便もなかった。(2001年5月)  2回目の開封。成都の交通飯店で同じ部屋になったK君が留学している。K君と連絡して、開封名物をご馳走してもらった。そのあとは本屋巡り。K君に三国遺跡関連の本などを借りたり、いろいろ情報をもらう。お世話になりました。(2005年11月)
  戦国時、魏公子信陵君の故宅。北斉天保六年(西暦555年)に建国寺として改修。写真の八角瑠璃殿には高さ約7mの四面千手千眼観世音像が祀られている。
  正式名は開寶寺塔。北宋皇祐元年(西暦1049年)に建造された、平面八角形、13層、高さ55.08mの塔である。外壁の褐色瑠璃瓦が鉄の色に見えるために鉄塔と呼ばれるようになった。瑠璃瓦には飛天、降龍、麒麟、菩薩、力士など50数種類の絵柄が施されている。
  もとは元代初期に建造された朝元万寿宮で、明洪武六年(西暦1373年)に今の名に改名された道観。玉皇閣は高さ13m、下層は正方形、中層、上層は八角形の変わった形をしている。
  山西、陝西、甘肅三省の同郷集会場である。柱や梁に人物、花、鳥などが彫刻され、「二龍戯珠」の浮彫りや、4面に浮彫りされた「十二龍相対戯珠」がみもの。
  言い伝えでは春秋時代に晋の楽士が音楽を奏でた所と言われ、古吹台とも呼ばれる。また大禹が治水工事時、この場所にいたと言われ、治水の功績を記念して禹王廟が建てられた。
  原名は興慈塔。繁台の上に建てられたことから繁塔と呼ばれる。北宋太平興国二年(西暦977年)に建造され、開封市内に現存する最古の建築物とされる。もとは9層だが、3層しか残っていない。ちなみに「繁」はPoの陽平で発音する。Fanの陽平は間違い。
  通許縣。中心地は城関鎮。開封で留学しているK君と「曹植墓へ行こう」と言うことになり、一緒にやってきた。行き方がわからないので、地図を見ながら近くへ行くバスを探す。結局、途中の街までしかバスで行けず、そこからは徒歩。しかし2人で話しながら歩いているので、それほど疲れない。何とか曹植墓へも到着。門には鍵がかかっていたが、管理人のじいちゃんがすぐ前に座っていたので、開けて貰うことができた。なぜかパスポートを見せなくてはならなかったが。さて、実は後七歩村までバスでもすぐ近くへ来られることが判明。帰りはバスとなった。(2005年11月)
  開封縣。中心地は城関鎮。午前中は一人で年画で有名な朱仙鎮へ。回族の街なのか、回族が多い。一通り見て回って開封へ戻る。そのあとK君と一緒に蔡邕墓を探しに行く。近くまではバスで、その後はお決まりの徒歩。桃花洞村で聞き込み。村人に「あっちだよ」と言われ、進んでいくと、それらしき物が。K君と「本当にあれかなぁ、行って違ってたらどうしよう」とか話しながら到着。お目当ての物でした。帰り、バスを待っていると、桃花洞の方からバスが来るではないか。本数は少ないが、開封相国寺から直接来られるバスがあったのであった。(2005年11月)

 

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