| このページは派遣のお仕事| 派遣のお仕事情報館が 2006年 12月 15日 20時49分40秒 にクロールしたキャッシュ情報です。 |
経験とは?
[ 82] 経験
[引用サイト] http://www.geocities.jp/neutral_egg/thought/keiken.html
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「習うより慣れろ」という言葉、「亀の甲より年の功」であるとかいう言葉や、年功序列的要素の強い社会はその現れであろう。 あまりによく見る陳腐過ぎる論調・・・・と思うのは僕だけだろうか?(マスコミの影響受け過ぎなんじゃないの?とか思ってしまう)。 (割とね、留学系の人とか、マスコミ系行きたがり系の人とかに多いんだよねぇ、こういうこと言う人(^^;)。 留学経験のある友人の話とかを聞いていて、で、その「面白い」「すごい」体験はよくわかったけど、それで、君はどれくらい成長したの? と言いたいようなヤツが多いのである・・・。 「で、その経験をしなければ君は成長出来ないの?、しかも大して成長してないみたいなのに」とか言いたくなってしまう。 経験主義的な人が多く、「百聞は一見にしかず」とか「経験に勝るものはない」とか好む人が多い、その反面、「マニュアル」という言葉を嫌う人が多い。 「マニュアル」と聞くと、すぐに「マニュアルはマニュアル人間をつくる!」って反対する人がいる・・・。 物事を解決してゆくプロセスを、それに必要なことを分析し、他人に理解できるように、他人が同じ解決が出来るように物事を整理する。 マニュアルというと拒絶反応を示す人間は結局、必要なことを見出す能力に欠けていて、その言い訳に「経験しなきゃ駄目なんだよ!、経験すりゃわかるんだよ!」とかいうことを言い出すのである。 「仮想の世界・バーチャルリアリティーな世界に引きこもりがちな人間が多い」と嘆く人、あなたの周りにいませんか?。 もちろん、「頭の中で考えてるばっかりじゃ駄目だ」というのもやはり一理ある。経験する手間がたいしたことがないならば少なくともサッサと経験するべきことってのは多い。 ただ、頭の中で考えたことでも、実体験レベルまで持っていくことは場合によっては可能であるはずである。 いや、それどころか、極論を言えば、誰も経験したことのないことも想像力で体験することすら可能のはずなのである。 人間が何よりも人間らしいところというのは、実は、他人が実際に体験したことを伝達し、それを生かすことが出来るというところなのではないだろうか。 直接体験せずとも、あたかも自分が直接そのような事実を経たかのように、想像力を駆使して自分のモノとして吸収すること・・・・。 もちろん、それは先人がどれだけうまく経験を後から来る人に伝えられるかにかかっていることは事実ではある。 そう、だから、経験した人間は出来るだけ人に伝えてみる努力をしなければいけない。整理することで、自分にとって、何が役立ったかがわかり、しかもしばらく後になって見れば、新しい発見や、忘れていたモノを再獲得できるはず。 現場での経験は管理するためにある程度は必要になるにしても、それは「ある程度」で足りるのではないですか?。 そのような学習経過を経たことはおぼろげにわかっているが、それぞれの目的・効果を知らないため、適切な応用が出来ない。 「全体像を把握する能力」・「他の人間を指導し成長させる能力」という管理者として必要な能力は、実は現場での経験では向上しない。 (まあ、もちろん、部下・現場としての素養もないし、もちろん上司としての才能もないってのに上司になってしまう人間もたくさんいるのだけどさ(^^;)) (実は「管理職」とか「上司」って言うからいけないんであって、「調整役」とか「中継職」とかいう風にすればいいわけで、上と下ではなく、あくまで役割分担なんだけどなぁ・・・というのは今回の「経験」って題からはずれてくるので、いつか今度。) 根本的には「(日本にありがちな)経験主義者」というのは、要するに「想像力」が欠けていることが多いように思える。 あと整理・伝達能力に欠けていることの言い訳をする人に多い(欠けてるのはしょうがないのだが、それを「経験主義」で正当化するのはやめてくれ)。 人間の成長という面での経験の有用性(無用性)について述べてきたのだが、人間関係において重要な「優しさ」「共感」というのも実は「経験主義者」には欠けてることが多い。 そうじゃなくて、自分は同じ体験はしてないけれども、その人の経験を想像力で追体験することで、悲しみを感じることは出来ないの?。 体験しなければ駄目だという経験主義者には、そういう想像力が欠けている人が多いと感じてしまうのは僕の錯覚だろうか。 てゆーか、経験第一主義者には僕は近づきたくない。自分の体験話すばっかりで人の話聞けないヤツが多いから(笑)。 |